人を想う気持ちを大切にまずは「やってみよう」
——立教大学×金沢泉丘高等学校

2024/05/10

研究活動と教授陣

OVERVIEW

大学の講義を高校生が体験する「立教大学特別授業」が3月4日、金沢市の金沢泉丘高等学校で行われました。登壇した研究推進担当副総長である、理学部の箕浦真生教授は「これからの『探究』の話しをしよう」と題し、大学での学びの心構えなどを解説。参加した1年生(現?2年生)の生徒たちは化学実験などを通し、「探究」の魅力に触れました。

ジーンズなどを染めるインジゴをつくる実験をする箕浦教授

立教大学研究推進担当副総長
理学部教授
箕浦 真生
研究分野
有機元素化学、物理有機化学
研究テーマ
未知の化学結合の性質解明、元素の性質を活かした機能、性分子創製、新反応の開発

テーマ「これからの『探究』の話しをしよう」

専門性に立つ教養人に

大学では、「共創するためにつながる技法」が重要になります。専門教育だけを受けていては、その知識を社会で十分に活かせません。他の人と「つながる技法」が身に付かず、「共創」できないからです。あらゆる学問領域を広く学び、教養を深めることが大事です。こうした考えに基づくのが「リベラルアーツ教育」で、立教大学は創立以来これを主軸としています。

全学部生が履修できる全学共通科目「自然科学の探究」という授業を紹介します。皆さんは、こんな特徴を持つ「DHMO」という化学物質を知っていますか。

  • 酸性雨の主成分
  • 温室効果を引き起こす
  • 重篤なやけどの原因となりうる
  • 原子力発電所や、残酷な動物実験で用いられる
  • 洗浄した後も農産物に残存する。

さて、このDHMOを規制すべきでしょうか。
生徒の回答は「規制すべき」と「必要ない」がほぼ半々でした。

実は、 DHMOとは「2個の水素と1個の酸素」の頭文字、つまり「水」のことです。

ものごとは、立ち止まって考え、批判的な視点で検証することが大切です。SNSには、フェイクニュースが出回っています。教養があれば、既成概念を超えた自由な発想や多角的な視点が身に付きます。

匂いで分子構造を判別

ゲラニオールを酸化させると分子構造が変わり匂いも変化することを確かめる実験

私の専門の化学は、有限な元素が組み合わさった無限の物質が持つ多様性を扱います。新たに物質を創造する役割を担う、唯一の学問です。化学は「探究」と相性が良く、基本は「やってみよう!」の精神です。

分子構造を匂いで感じ取る実験をやってみましょう。最も単純な有機分子メタンは炭素に4つの水素が結合し、正四面体構造をしています。同じ分子式なのに、回転しても重なり合わない関係にある物質を「異性体」と呼び、メタンの4つの水素原子をそれぞれ異なる原子(または原子団)に置き換えた分子には、鏡に映った像の関係にある「鏡像異性体」が存在します。

炭素原子と水素原子から出来ている「リモネン」という物質があります。通常は鏡像異性体が入り混じった状態で扱われますが、今回は別々に分けたものを、長さの違うろ紙に区別して浸しました。匂いを嗅いでみてください。

短い方はさわやかで、長い方は、にごった匂いがするでしょう。短い方と長い方もどちらも「リモネン」で互いに鏡像異性体の関係にあります。人の体は鏡像異性体を識別できることが分かるでしょう。

物質創造する学問

化学は「新たに物質を創造する唯一の学問」だと説明しました。実験で確かめてみましょう。

バラの香りがするため香水に使われる「ゲラニオール」という物質があります。分子式を見ると、物質を特徴付ける「官能基」という部分が、O(酸素)とH(水素)でできています。この部分を酸化させると、レモングラスの匂いがする「ゲラニアール」という物質に変わります。

全員に透明なゲラニオールの溶液と、二酸化マンガンの黒い粉末が、それぞれ瓶に入れて配られました。ろ紙でゲラニオールの匂いを確認したあと、2つを混ぜ合わせ、手で握ってシェイクします。数分後、生徒たちからは「レモンの匂いがする」という声が上がりました。

化学反応を使って欲しいものを創り出すことができます。

環境問題改善へ挑戦

こうした化学の特性を活かして、私の研究室ではSDGs(持続可能な開発目標)に貢献する研究にも取り組んでいます。

環境問題の改善につながるクリーンな燃料として、水素が期待されています。太陽光発電などで生成でき、燃えても水しか排出しません。ただ、そのままではかさばるので扱いが難しい。実用化された水素自動車には820気圧の超高圧で圧縮された水素が搭載されています。圧縮や耐圧ボンベに使われるエネルギーを改善する必要があります。

そこで、水素を貯められる有機分子を開発しています。星型、あるいはジャングルジム型の分子の穴に水素を貯める。成功すれば、カセットコンロのカートリッジみたいなもので水素を扱えるでしょう。

このような分子の開発は非常に難しく、研究する人自体多くはいません。私たちは企業とタッグを組み、分子を創造するだけでなく、皆が利用可能な材料へ用いることにも挑戦しています。

水素を貯める分子を創り、その0.01ミリ以下の結晶を兵庫県にある大型放射光施設「Spring-8(スプリングエイト)」へ運び分析すると、分子の形を目で見ることができるので、考察をして次に創る分子のデザインをします。

社会貢献につながる

実験を交えながら研究や探究に大切なものはなにかを語る箕浦教授

さて、研究や探求に大切なものは何でしょう。不思議に思う気持ち、知りたいという気持ち、他の人にも伝えたい気持ち、可能性を信じる情熱。そして、「人を想う気持ち」です。

なぜなら、科学が扱う対象の中には私たち自身が含まれており、すべては連続してつながっているからです。

例えば、天文学は宇宙の構造や銀河などを扱います。これは10の23乗メートルという巨大なスケールの世界です。社会科学や医学は、見慣れたサイズが対象です。物理学者は10のマイナス16乗メートルという極小の世界で素粒子を考えます。私たちの世界は、連続的なサイズの変化で説明できるのです。

私が環境問題の改善に挑戦しているのも、「人を想う気持ち」を大切にしているからです。

19世紀後半、ドイツの化学者アドルフ?フォン?バイヤーは染料を人工的に合成することに初めて成功し、ノーベル賞を受賞しました。ジーンズなどを染めるインジゴという染料です。バイヤーのインジゴを作る実験を、実際にやってみましょう。あっという間に藍色の物質ができました。物質を創ることのできる化学は、多くの人の役に立っています。人を想う気持ちがあれば、探究活動は世の中への貢献につながってゆくはずです。

授業に参加した金沢泉丘高校生に聞きました

1年生女子
科学の無限大の可能性について、再認識できた気がする。宇宙から素粒子までというとても広い自然の中には、未知のものがこんなにもたくさんあり、研究しきれないほどだということが実感できた。大学に進んで、もっと科学の可能性を感じたいし、私がその可能性を実現していきたいという気持ちが、より一層強まった。
1年生女子
私は2年次から文系に進む。能動的に学ばない限り、科学とは疎遠になるかもしれない。しかし、特別授業で得たものは、他のことでも活かせると思う。また、探究において「人を想う気持ちが大事」という観点には初めて出会った。自分のアイデア、考えで、多くの人が幸せを感じられるように、経験を積んでいきたい。
1年生男子
新しい物質を作ることが現実にできると知って驚いた。これまでは、そんなことはできないと思い込んでいたからだ。今後、高校や大学で探究活動に取り組むときには、粘り強く、知りたいという気持ちを大切にしたいと思う。探究の心構えや化学の面白さなど、学べることがたくさんあって、良い機会となった。
1年生男子
ゲラニオールを酸化させる実験が興味深かった。二酸化マンガンを加える前も、ほんのりレモンに似た香りがしていたが、加えた後はもっと香りがはっきりした。元の香りが変化したことが分かり、分子構造の違いについて身をもって感じることができた。科学が扱う対象のスケールについての解説も、とても面白かった。
※本記事は『北國新聞』(2024年4月6日掲載)をもとに再構成したものです。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。

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